「従業員に賞与を出したいけど、計算方法がわからない…」 「所得税や社会保険料をどう計算すれば正しいの?」 「従業員を雇ったばかりで、賞与の計算が不安…」
従業員を雇用する個人事業主やフリーランスの方にとって、賞与(ボーナス)の計算は悩みの種ではないでしょうか。間違った計算をすると、税務署や年金事務所から指摘を受けるリスクもあります。
本記事では、個人事業主やフリーランスが従業員に賞与を支給する際の計算方法を、専門知識がなくても理解できるようわかりやすく解説します。実際の計算例やエクセルの計算式まで紹介するので、この記事を読めば賞与計算の不安が解消されるでしょう。
1. 個人事業主が賞与計算で押さえるべきポイント
個人事業主やフリーランスが従業員に賞与を支給する際、次のポイントを理解しておくことが重要です。
個人事業主の賞与支給における基本事項
- 賞与は「臨時の給与」として扱われる
- 給与所得として所得税の課税対象
- 標準賞与額として社会保険料の算定対象
- 労働保険料(雇用保険・労災保険)の算定対象
- 社会保険の加入義務
- 常時5人以上を雇用している場合は社会保険に加入義務あり
- 5人未満でも任意適用事業所として加入できる
- 社会保険に加入していない場合は、所得税と雇用保険料のみ計算
- 支給記録の保管
- 賞与支払届の提出(社会保険加入の場合)
- 賃金台帳への記載義務
- 源泉徴収簿への記載
- 賞与支給の手続きスケジュール
- 支給日の決定(給与計算に余裕をもって)
- 支給日の翌月末に社会保険料を納付
- 支給した月の翌月10日までに源泉所得税を納付
個人事業主の方は、これらのポイントを押さえた上で、賞与計算を行いましょう。
2. 賞与から差し引くべきもの一覧
従業員の賞与からは、次の3つを差し引く必要があります。
賞与から差し引く3つのもの
- 所得税(源泉所得税)
- 国に納める税金
- 「賞与に対する源泉徴収税額表」に基づいて計算
- 翌月10日までに納付
- 社会保険料(社会保険加入の場合)
- 健康保険料と厚生年金保険料の合計
- 標準賞与額に保険料率をかけて計算
- 支給日の翌月末に支払
- 雇用保険料
- 雇用保険に加入している従業員から徴収
- 賞与額に雇用保険料率をかけて計算
- 労働保険料として年1回または年4回に分けて納付
賞与の手取り額(従業員が実際に受け取る金額)は、以下の計算式で求められます。
従業員の手取り額 = 賞与支給額 - (所得税 + 社会保険料 + 雇用保険料)
それでは、それぞれの計算方法を詳しく見ていきましょう。
3. 賞与にかかる所得税の計算方法
賞与にかかる所得税は、通常の給与とは計算方法が異なります。国税庁が定める「賞与に対する源泉徴収税額の算出率の表」を使って計算します。
賞与の所得税計算の基本手順
- 賞与の支給額を確定
- 前月の社会保険料等控除後の給与額を確認
- 甲欄か乙欄かを確認
- 甲欄:「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」を提出している従業員
- 乙欄:上記申告書を提出していない従業員
- 扶養親族等の数を確認
- 「賞与に対する源泉徴収税額の算出率の表」から税率と控除額を確認
- 所得税額を計算
所得税額 = 賞与支給額 × 税率 - 控除額
- 復興特別所得税を加算 (2037年まで)
復興特別所得税 = 所得税額 × 2.1%最終所得税額 = 所得税額 + 復興特別所得税
実務に役立つ所得税計算のポイント
- 端数処理: 所得税額の端数は100円未満を切り捨て
- マイナスになる場合: 計算結果がマイナスの場合は0円
- 複数回賞与: 同月内に複数回賞与を支給する場合は合算して計算
2025年 賞与所得税率表(一部抜粋・甲欄で扶養親族等が0人の場合)
前月の社会保険料等控除後の給与額 | 税率 | 控除額 |
---|---|---|
88,000円未満 | 3.063% | 0円 |
88,000円以上 173,000円未満 | 10.21% | 6,328円 |
173,000円以上 289,000円未満 | 20.42% | 23,981円 |
289,000円以上 664,000円未満 | 23.483% | 32,748円 |
664,000円以上 1,500,000円未満 | 33.693% | 100,043円 |
1,500,000円以上 | 40.84% | 207,843円 |
注意: 実際の計算では、国税庁が公表している最新の税額表を参照してください。個人事業主向けの国税庁ホームページで「源泉徴収税額表」と検索すれば見つかります。
4. 賞与にかかる社会保険料の計算方法
社会保険に加入している場合は、賞与からも社会保険料を徴収する必要があります。賞与の社会保険料は「標準賞与額」に基づいて計算します。
社会保険料計算の基本手順
- 標準賞与額を決定
- 賞与の支給額を1,000円未満切り捨て
- 上限額(健康保険:年度累計573万円、厚生年金:月150万円)を確認
- 保険料率を確認
- 健康保険料率:都道府県と保険者によって異なる(約10%)
- 厚生年金保険料率:18.3%(2025年4月現在)
- 40歳以上65歳未満は介護保険料(約1.8%)も加算
- 社会保険料を計算
健康保険料 = 標準賞与額 × 健康保険料率 ÷ 2(従業員負担分) 厚生年金保険料 = 標準賞与額 × 厚生年金保険料率 ÷ 2(従業員負担分)
標準賞与額の注意点
- 支給回数に関係なく年度累計で上限がある
- 健康保険:4月から翌年3月までの累計で573万円が上限
- 厚生年金:1回の支給につき150万円が上限
- 1,000円未満の端数処理
- 標準賞与額は1,000円未満を切り捨て
- 例:支給額が258,600円の場合、標準賞与額は258,000円
社会保険料率の例(2025年4月現在・東京都の場合)
保険の種類 | 料率 | 労使折半の従業員負担率 |
---|---|---|
健康保険料(協会けんぽ) | 9.91% | 4.955% |
介護保険料(40歳以上65歳未満) | 1.59% | 0.795% |
厚生年金保険料 | 18.3% | 9.15% |
注意: 保険料率は地域や加入している保険者によって異なります。最新の料率は日本年金機構や全国健康保険協会(協会けんぽ)のホームページで確認してください。
5. 賞与にかかる雇用保険料の計算方法
雇用保険に加入している従業員からは、賞与からも雇用保険料を徴収します。雇用保険料の計算は比較的シンプルです。
雇用保険料計算の基本手順
- 雇用保険料率を確認
- 一般の事業:5.5/1000(従業員負担分)
- 農林水産・清酒製造の事業:6.5/1000(従業員負担分)
- 建設の事業:6.5/1000(従業員負担分)
- 雇用保険料を計算
雇用保険料(従業員負担分)= 賞与支給額 × 雇用保険料率
雇用保険料計算の注意点
- 端数処理: 1円未満の端数は切り捨て
- 賞与支給額に上限なし: 雇用保険料には上限がないため、賞与全額に保険料率をかける
- 事業主負担分: 従業員から徴収する分とは別に、事業主も保険料を負担(一般の事業:8.5/1000など)
6. 賞与の手取り計算例
具体的な計算例を見てみましょう。以下の条件で賞与を支給する場合の手取り額を計算します。
計算条件
- 従業員: Aさん(35歳、扶養家族なし、甲欄)
- 賞与支給額: 300,000円
- 前月の社会保険料等控除後の給与額: 250,000円
- 勤務地: 東京都
- 業種: 一般の事業(小売業)
計算手順
STEP 1: 所得税の計算
- 「賞与に対する源泉徴収税額の算出率の表」から税率と控除額を確認
- 前月給与250,000円、扶養家族なしの甲欄では、税率20.42%、控除額23,981円
- 所得税を計算
所得税 = 300,000円 × 20.42% - 23,981円 = 37,279円
- 復興特別所得税を加算
復興特別所得税 = 37,279円 × 2.1% = 783円所得税(最終) = 37,279円 + 783円 = 38,062円端数処理後 = 38,000円(100円未満切り捨て)
STEP 2: 社会保険料の計算
- 標準賞与額を決定
標準賞与額 = 300,000円(1,000円未満の端数なし)
- 健康保険料を計算
健康保険料 = 300,000円 × 4.935% = 14,805円
- 厚生年金保険料を計算
厚生年金保険料 = 300,000円 × 9.15% = 27,450円
- 社会保険料合計
社会保険料合計 = 14,805円 + 27,450円 = 42,255円
STEP 3: 雇用保険料の計算
雇用保険料 = 300,000円 × 5.5/1000 = 1,650円
STEP 4: 手取り額の計算
手取り額 = 300,000円 - (38,000円 + 42,255円 + 1,650円) = 218,095円
② 扶養親族等の数と甲欄/乙欄を確認
③ 税額表から税率と控除額を確認
④ 所得税額と復興特別所得税を計算
復興特別所得税 = 所得税 × 2.1%
所得税(最終)= (所得税 + 復興特別所得税)の100円未満切捨て
② 健康保険料率と厚生年金保険料率を確認
③ 各保険料を計算
健康保険料 = 標準賞与額 × 健康保険料率 ÷ 2
厚生年金保険料 = 標準賞与額 × 厚生年金保険料率 ÷ 2
賞与支給から5日以内に納付が必要です
② 雇用保険料を計算(上限なし)
(一般の事業の場合、従業員負担分:5.5/1000)
エクセルでの計算式例
エクセルで計算する場合は、以下のような式を使うことができます。
// セルの参照
A1: 賞与支給額(例: 300000)
A2: 税率(例: 0.2042)
A3: 控除額(例: 23981)
A4: 健康保険料率(例: 0.04935)
A5: 厚生年金保険料率(例: 0.0915)
A6: 雇用保険料率(例: 0.003)
// 計算式
所得税: =ROUNDDOWN((A1*A2-A3)*(1+0.021),-2)
標準賞与額: =ROUNDDOWN(A1,-3)
健康保険料: =ROUND(標準賞与額*A4,0)
厚生年金保険料: =ROUND(標準賞与額*A5,0)
雇用保険料: =ROUNDDOWN(A1*A6,0)
手取り額: =A1-所得税-健康保険料-厚生年金保険料-雇用保険料
7. 個人事業主がよく間違える賞与計算のポイント
個人事業主やフリーランスが従業員の賞与計算で間違えやすいポイントをまとめました。
所得税計算の間違いやすいポイント
- 前月の給与額を間違える
- 前月の「社会保険料等控除後の給与額」を使うべきところ、総支給額を使ってしまう
- 税率表の見方を間違える
- 扶養親族等の数や甲欄・乙欄の区分を間違える
- 前月給与の該当範囲を間違えて読み取る
- 端数処理を間違える
- 所得税は100円未満切り捨てが正しい
社会保険料計算の間違いやすいポイント
- 標準賞与額の決定ミス
- 1,000円未満の端数処理を忘れる
- 上限額のチェックを忘れる
- 保険料率の適用ミス
- 古い保険料率を使用してしまう
- 地域や保険者に対応した料率を使わない
- 賞与支払届の提出忘れ
- 社会保険に加入している場合、賞与支払届の提出が必要
雇用保険料計算の間違いやすいポイント
- 事業種別による料率の違いを無視
- 業種によって雇用保険料率が異なることを忘れる
- 労使負担の割合を間違える
- 従業員負担分と事業主負担分を混同する
8. 賞与計算に役立つツールと書類
個人事業主やフリーランスの方が賞与計算を効率的に行うためのツールと必要書類を紹介します。
賞与計算に役立つツール
- 給与計算ソフト
- マネーフォワード クラウド給与
- freee 給与計算
- やよいの給与計算
- エクセルのテンプレート
- 国税庁や年金事務所のホームページで無料テンプレートを配布
- 商工会議所などでも入手可能
- オンライン計算ツール
- 源泉徴収税額自動計算ツール(国税庁)
- 社会保険料シミュレーション(日本年金機構)
給与業務をカンタン・正確に行えます
賞与支給に必要な書類
- 賞与支払届
- 社会保険に加入している場合、賞与支給後5日以内に提出
- 日本年金機構のホームページからダウンロード可能
- 賃金台帳
- 賞与の支給額、所得税、社会保険料などを記録
- 労働基準法で作成・保存が義務付けられている
- 源泉徴収簿
- 給与や賞与から源泉徴収した所得税を記録
- 年末調整や法定調書作成に使用
- 領収書
- 従業員に賞与を支給した証明(金融機関の振込記録でも可)
9. 個人事業主向け賞与計算Q&A
個人事業主やフリーランスの方からよく寄せられる質問と回答をまとめました。
Q1: 個人事業主は従業員に賞与を支給する義務がありますか?
A: 法律上、賞与の支給は義務ではありません。ただし、雇用契約書や就業規則で賞与支給を定めている場合は、その内容に従う必要があります。賞与は従業員のモチベーション向上や優秀な人材確保のために活用されることが多いです。
Q2: 家族従業員にも賞与を支給できますか?
A: 家族従業員にも賞与を支給することは可能です。ただし、税務上は「適正な賞与額」であることが重要です。他の従業員と比較して不自然に高額な賞与を支給すると、税務調査で指摘される可能性があります。
Q3: 賞与を支給した場合、確定申告でどのように処理すればよいですか?
A: 賞与も含めた給与総額を「給料賃金」として経費計上します。青色申告の場合は青色事業専従者給与として、白色申告の場合は事業専従者給与として計上します。源泉徴収した所得税は、「預り金」として処理し、納付後に「租税公課」として計上します。
Q4: 賞与を現金で支給してもよいですか?
A: 法律上、現金での支給も可能です。ただし、社会保険や税務上の手続きは必要です。また、支給の証拠として領収書を受け取るなど、記録を残しておくことが重要です。セキュリティの観点からは銀行振込が推奨されます。
Q5: 従業員が社会保険に加入していない場合、賞与の計算はどうなりますか?
A: 社会保険に加入していない場合は、所得税と雇用保険料(雇用保険に加入している場合)のみ計算します。社会保険料の控除はありません。ただし、常時5人以上の従業員を雇用している場合は、社会保険への加入が法律で義務付けられているので注意が必要です。
Q6: 賞与計算を外部に委託することはできますか?
A: 税理士や社会保険労務士、給与計算代行サービスなどに委託することができます。特に初めて賞与を支給する場合や、従業員数が多い場合は、専門家に相談することで正確な計算と適切な手続きが可能になります。
まとめ:個人事業主・フリーランスの賞与計算
個人事業主やフリーランスが従業員に賞与を支給する際は、所得税・社会保険料・雇用保険料の正確な計算が重要です。誤った計算は従業員との信頼関係にも影響するため、細心の注意が必要です。
特に押さえておくべきポイントは以下の通りです:
- 賞与の所得税は通常の給与とは計算方法が異なる
- 社会保険料は標準賞与額(1,000円未満切り捨て)で計算
- 年度内の賞与累計額に上限がある(健康保険)
- 賞与支給後の届出や納付期限を守る
- 最新の税率や保険料率を使用する
迷った際は専門家に相談し、正確な賞与計算を行いましょう。従業員が安心して働ける環境づくりは、事業の成長にも繋がります。
本記事の内容は2025年4月時点のものです。税制や社会保険制度は変更される可能性があるため、最新情報は関係機関のホームページなどで確認することをおすすめします。